牧村正嗣さん

 難聴者の生活がどういうものか、日常生活の具体的なシーンにおける聞こえづらさを疑似体験できるVR『DEAF VR』。これを開発したのが、先天性難聴の娘さんを持つ牧村さんだ。
『DEAF VR』は2018年夏にローンチされるや、2019年末までに1500人超が体験し、NHKにも取り上げられた(https://www.youtube.com/watch?v=kJk8KVPPFtc)。

 牧村さんの娘さんは、難聴に加えて、てんかん(全身あるいは手足など、どこか一部分の筋肉が一瞬ピクっと収縮する発作)や発達の遅れ、体がうまく使えない面もある。その症状に対して具体的な診断名がなく、「遺伝子検査では、世界に12例しか症例がない。その中でも、難聴との重複がある例は一人だけ」
即ち、娘さんの症例は、世界に1例のみなのだ。故に、牧村さんは「(娘の)療育もどうしていいかわからなかった」。

 現在、娘さんは、ろう学校の小学部の重複障害学級に通う。
しかし、その選択は簡単ではなかった。そうした学級は、教科書が十分にあるわけではなく、学ぶ科目もごく限られている。それでも、「(学校で)それしかやらないままに、いつか社会には自動的に放り出されてしまう」。
 そんな学校に行けば、その先の選択肢がなくなってしまうような感覚。そんな「選択を迫られるのが嫌だった」。正直な気持ちとして、「健常者は留年とかできるのに、“特別支援”でも、健常者と同じスピードで社会に出ないとダメ?とかは思ったりはします」と話してくれた。言われて初めて、“特別支援”という配慮されるような意味合いを感じる選択肢が、むしろ制限される意味合いにつながり得ることに気付かされた。
 
 どうしたら、娘の可能性を広げられるか。
牧村さんは唐突に、「僕にとってのスーパーマンは、さかなクンのお母さん」と言った。聞けば、魚の絵しか描かないさかなクンに魚の本しか与えなかったそう。その結果、今のさかなクンになった。それぐらい徹底的に才能を伸ばしてあげられないか。
 「本気で軽井沢への移住も考えた」。療育の問題などがあって断念したが、じっくりゆったり、同じ学年でもクラスの壁がなく、さらに学年を超えても混ざれる自由な『軽井沢風越学園(https://kazakoshi.ed.jp/)』の校風が、娘にとって良い選択肢にならないかを真剣に考えた。それぐらい娘さんの成長のペースに寄り添える環境を求めた

 それでも、そううまくはいかない。そんな悔しい思いや選択を踏みしめてきた。だからといって、牧村さんは娘さんを取り巻く環境ばかりを批判するわけではない。より広い、障害も健常も乗り越えた世界で新しいアクションができないかを考えている。
 例えば、『ヘルプマーク』。援助や配慮を必要としていることが外見からは分からない方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、東京都が作成した。
それを牧村さんは「デザインが秀逸」と評価しつつも、一方の「障害のある人が声を上げないと気付かない社会でいいのか?」と疑問を投げかける。例えば、「助ける意思があってもどう声をかけていいかわからない方もいる。援助や配慮をする側だって何か付けたらいいし、それができない時は外せばいいだけ」と提案する。何より、その『ヘルプマーク』を「クロムハーツなどの有名ブランドがアレンジすれば、付けたくなるものになる」という発想に驚かされた。援助や配慮ももちろん大事だが、それを楽しんでやることに勝るインセンティブはない。

 そんな障害も健常も乗り越えた実践を、牧村さん自身でもう始めている。現在勤める総合クリエイティブカンパニー『CNS』で仲間と始めたのが、『”音感字”プロジェクト』。
 牧村さんは、難聴の娘さんを思い浮かべるように、「子供は大人から音があるあると聞かされて育つけど、聞こえてくるわけじゃない。それは、なんか見えないお化けみたいなもの」と話す。
 じゃあ、どうすればいいか。世の中に溢れるあらゆる音を、よりイメージを伝えやすい振動とともに“見える”辞典をつくってはどうか。でも世の中全ての音を集めるのは大変だ。そのため、聞こえる人が、“音”の感覚をマンガにあるような擬音語や擬声語で文字表現としてデザインして発信するSNSプラットフォームを作った。あくまで楽しい遊びとして取り組み、それが結果的に“聞こえない”人の支援になる仕掛けだった。

 牧村さんのお話は、これからの社会のあり方に大きな問いを投げかけている。画一的な学校制度にはめる前に、子供それぞれの成長のペースや過ごし方があるはずだ。健常か障害か、援助や排除をする側かそれらをされる側かの前に、楽しんでそこに至ることこそ解決策ではないか。
 そう改めて書けば、当たり前のことのようにも思える。でも、それは今、実現しているとは言えない。牧村さんのお話を、皆で次の新しい仕掛けを考えるきっかけにしたい。

【DEAF VR】https://inclusive-hub.com/pages/91

【”音感字”プロジェクト】https://www.cnsinc.jp/otokanji/