翼祈(たすき)さん

 翼祈(たすき)さんは、7歳から30代になった現在まで、11もの障害や病気、そして困難を抱えながら生きてきた。

 小学校時代、左耳が、内耳や脳に問題があって音をうまく感じとることができない『感音性難聴』であることがわかった。それでも、学校では席の位置など、周囲から配慮を受けて普通に過ごすことができた。
 中学校時代には、男子女子の両方からひどいいじめを受けた。それでも、部活に行けば、仲の良い友達に会える。両親をはじめ様々な支えで、一度も休まず学校に通い続けることができた。
 
 周囲の支えがあれば、乗り越えられる。しかし、そんな環境が、県外の大学に進学すると一変した。
 初めての寮生活、同級生や先輩からの嫌がらせ、友達も勉強を聞ける人もいない。一人で全てに対処しなければいけないことに大きな孤独感を感じ、だんだんと不眠症になり、最終的には大学を中退してひきこもらざるを得なかった。

 精神科に通い始めると、最初に適応障害の診断を受けるも、二番目の精神科では、本当は適応障害ではなく発達障害という正しい診断を受けて初めて薬も処方された。最初の薬の影響で暴れるようになってしまい、それを抑えるために次に服薬したのが、糖代謝に悪影響を及ぼす副作用も指摘される抗精神病薬『ジプレキサ』。
 翼祈さんは暴飲暴食が止まらなくなり、血糖値とHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)が異常な高さまで上昇。検査をお願いしても取り合ってもらえず、最終的に緊急入院まで至ってしまう。
 まだ20歳過ぎなのに、糖尿病。「自分の人生は終わった、と思った」

 当時は、ひきこもって毎日横になって寝ているような状態。中学校時代のいじめの加害者が出てくる悪夢もよく見た。体もずっとだるい。ひきこもりのせいだと思い込んでいたが、髪の抜け方もひどくなっていく。
 病院に行くと、甲状腺ホルモンの分泌が低下して全身の代謝が低下する『甲状腺機能低下症』と診断された。ちなみに、この病は、副作用の一つとして、記憶力低下が指摘されている。「ある時からいじめの悪夢を見なくなったのは、病気の副作用のおかげかも」なんて笑顔を見せる翼祈さんは、とても強く見えた。

 そうした体への変化は内部に留まらず、視覚や四肢にも及んだ。
 糖尿病の人がかかりやすい『高眼圧症(緑内障)』を患い、糖尿病による膝関節への負担から軟骨もすり減った。腰椎の骨が前後にずれてしまう『すべり症』や、腰から足にかけて伸びる神経が圧迫されることで痛みやしびれを生む『坐骨神経痛』。さらには、額には『脂漏性皮膚炎』、手には『汗疱』といった皮膚の炎症にも見舞われた。

 しかし、そこまでの困難に直面してきた翼祈さんから、こんな言葉が出た。
 「ここに来なければ、いつまでも暗い中にいる状態だったと思うと、感謝しています」

 そう話す翼祈さんの隣には、通所する就労継続支援A型事業所『TANOSHIKA CREATIVE諏訪野町』の職員であり、同所が運営する”暗闇を照らす”メディア「AKARI」の編集長である島川さんがいる。

 翼祈さんは現在、事業所に通いながら、このメディアのライターとして活躍している。
 島川さんから「自分の体験談を書いてください」「同じように苦しむ人を少しでも減らすように書いていこう」と言われたことがきっかけだった。

 「それまで自分の障害や病気を公表したことはなかったんです。最初は辛くて涙を流すこともあったけれど、書くうちに前向きに考えられるようになって、さらに同じ困っている人を助けたいという気持ちが強くなっていきました」

 自身の障害や病気だけではない。他の障害についても記事を書いてSNSに投稿すると、「希望の光が見えた、嬉しい」とコメントが入った。「自分が書いた情報が必要な人に届いたことが嬉しかった」

 20歳過ぎで「自分の人生は終わった」と思い、その後も「生きていたくない、辛いといった気持ちばかりで、世の中を恨んだり、SNSで同世代の活躍を見て自分には何もないと悲しくなった」
 そんな翼祈さんが今、「既往歴が今の自分をつくっていると思える」「(障害や病気に)なったことは必ずしもマイナスばかりじゃなく、意味があると思える」までに変わった。

 「誰かの役に立てなかった人生だったから、これから誰かの役に立てれば嬉しい」
 もし何か同じような障害や病気にかかったり、いじめなどの辛い困難に直面している人がいれば、「報われる日が来ます」と言いたい。

 そんな翼祈さんの目標は、当事者を取材するライターとして一般就労することだ。もっと多くの障害や病気を知って伝えたいし、自分が多くの障害や病気を抱えてきたことで相手も心を開いてくれるかもしれない。
 「困っている人に手を差し伸べられる取材ライターになるために、今は訓練段階。ちゃんとした機会が来るまで力を貯めているんです」

 翼祈さんの意欲は溢れんばかりだ。当事者に誰よりも寄り添える取材ライターとして活躍する姿はもう想像できる。

【TANOSHIKA CREATIVE諏訪野町】https://inclusive-hub.com/pages/179
【暗闇を照らすメディア「AKARI」】https://akari-media.com/