木村 望さん

 京都の四条大宮にある居酒屋さん。
 女将を務める木村さんの胸元には、コアラのマークの缶バッジ。そこにぶら下がるネームホルダーには、「聞こえにくいです。補聴器をつけています。」とある。

 コアラのモチーフは、「LiD/APD(聞き取り困難症/聴覚情報処理障害)」を示すマーク。「LiD/APD」とは、聴力検査では正常範囲内にもかかわらず、雑音の中で話が聞き取れない、短期記憶が苦手なため口頭で言われたことを忘れてしまう、話が長くなると途中から何を言っているのかわからなくなるといった症状を指す。
 そんな症状をもつ木村さんが、雑音が多く、ほぼ口頭指示の居酒屋の女将?最も難しい職場環境なのでは?と気付くかもしれない。

 しかし、「接客が好きなんです!」と明るく話す木村さんは、笑顔に溢れている。
 職場では、「用事があるときは名前を呼んでから声をかけてね!じゃないと気付けない。」「何か頼まれても忙しいとすぐ忘れてしまうから何回か言ってほしい。」「反応がなかったとしても無視してるわけじゃないからね!」など、同僚にオープンに伝え協力をしてもらいながら働いている。
 補聴器に近い機能を提供するAirPodsProを仕事中に付けてもいいか?と上司に聞けば、許可どころか「経費で買っていいよ」と言ってもらえる。
 お客さんに呼ばれても気付かなければ、代わりに常連のお客さんが「望ちゃん、呼んでいるよ」とサポートしてくれる。

 こう聞くと、持ち前の明るさや、周囲の環境に恵まれているからだと特別視したくなる人もいるかもしれない。しかし、それは大きな間違いだ。

 木村さんは、34歳までずっとLiD/APDであることに気付いてこなかった。それどころか、絶対音感を持ち、高校から音楽科に通い、ピアノの音を聞いただけで楽譜に書き起こす能力がある木村さんにとって、“聞こえない”ことはあり得なかった。
 でも、電車通学での友達との会話を、自分だけ聞き取れない。「聞き間違いで天然キャラ認定。話を聞いてない奴と思われるより気が楽だったので天然キャラを貫く。話聞いてない奴とハブられたら学生生活終わり。という恐怖心を抱えながら必死で、口の動きや表情や理解できた単語をつなぎ合わせ、推測で話を合わせた」。みんなと同じように理解できないのは「自分が集中力の無いバカだから。」と責めた。

 社会に出てから接客業につけば、「冷凍庫からポテトを取ってきて」と言われても、途中で生ビールの注文が入れば、忘れてしまう。上司には「やる気がない」「聞く気がない」と怒られ、煙たがられた。
 介護施設で働いても、同じように上司に「あんたがいると仕事をやりにくい」「聞く気あるの!?」と責められる日々。それでも、「ご指導ありがとうございます!」と明るく元気に振る舞い続けた。迷惑をかけている分、困っている人に声をかけ、誰よりも雑務を積極的にこなし、誰よりも働いた。現場で一緒に働く人ほど、日々の努力を認めてくれた。何より、目が見えない重度障害者の利用者さんが、自分が出勤する足音を聞いただけで「今日の夜勤のんちゃんでしょ?嬉しいな!」なんて言ってくれることが支えだった。

 LiD/APDであることは、一般の耳鼻科や大学病院で何度も検査をしたがずっとわからずにいた。LiD/APDの診断と支援の手引きが発行されたのが2024年の3月。つい最近の話のため耳鼻科の先生だとしても認知が低かった。難聴専門の病院に行って初めて発覚した。
「病気で良かったと思った。自分は、頭が悪くて、集中力がなくて、人を怒らせてしまうバカでダメな人間じゃなかった。ちゃんと原因があったんだ!という安心感で、泣いた。自分を責めることをやめて、今まで怒られても頑張ってきた自分を初めて褒めることができた。」

 現在の職場の上司がAirPodsProを経費で買っていいと言ってくれたこと、「あなたにかける経費には価値がある」と声をかけてくれたことは、日々の仕事を評価してもらった結果だった。
 それまでは「何度もひどいことを言われ、嫌われたくないとパワハラ・セクハラに耐え、何も言えない何もできない不甲斐ない自分に押しつぶされ、消えてしまいたいと思うぐらい落ち込んでばかりだった」。でも、自分の取扱説明書を作り得意不得意を把握。手を貸してほしいことを職場に伝え、自分の得意で誰よりも動き、工夫と努力を惜しまなかった結果「今の仕事で評価してもらい、価値があると認められたときの安心感は、頑張ってきてよかった、生きててよかった、自分らしく生きようと思えるきっかけになった」

 そんなLiD/APDでも楽しく働く木村さんの姿をNHKや民放が取り上げ、大学で講義をするチャンスまで巡ってきた。木村さんは「かつての自分と同じように苦しんでいる人がいたら支えになれれば」と実名顔出しで応じている。
 伝えたいことは、明確だ。「学校でも会社でも、どうしてもマイナスの言葉を投げかけてくる人に目が行きがち。でも、味方になってくれる人が必ずいる。その人を見失わないで欲しい」。そして、「自分の特性を知らないと対処法もわからず、自分自身も周りの人も悩んで苦しんでしまう。まずは『自分の取扱説明書』を作る。得意不得意を把握し対策を考える。不得意をどう工夫したらカバーできるか、どう協力してもらえたら頑張れるのかを把握する必要がある。そして、支えてもらっている以上に自分の得意で他の人の不得意をカバーし助け合う。そして、支えてくれているみんなに感謝の気持ちを言葉と行動で示す。自分が変われば、きっと相手も変わる。今の辛い状況、環境を変えるために、ぜひ『自分の取扱説明書』を作って欲しい。でも、その努力や感謝が伝わらない人や場所もあると思う。そこは自分の居場所ではないと思う。その時は『逃げる』のではなく『自分を守るため』に離れてもいいと思う。決して特別でもなんでもない。消えてしまいたいと悩んでたくさん泣いて心がズタズタになった私でも出来たから大丈夫!」と投げかける。

 最後に木村さんがふと漏らした言葉は、LiD/APDに留まらない価値を帯びる。
 「運動が苦手とか、目が悪いとか、計算が苦手とか…。みんな何かしらの苦手や不得意があるはず。たまたま、そういった苦手を抱えて生きているはず。だから、ちょっと自分と違うことで「こいつ何なの?」「なんで当たり前の事ができないの?」じゃなくて「どうしたのかな?」「何か苦手なことがあって困っているのかな?」に変わって欲しい。そうすれば、健常者でも生きやすくなるんじゃないかな」

 そんな木村さんが務める居酒屋さんには、同じLiD/APDに悩む息子さんとお母さんが「(NHKを観て)勇気をもらった」と九州から訪ねてきたこともある。 
 私も木村さんが明るく笑顔で働く姿を、私も見に行きたくなった。その姿が見れる京都の四条大宮にある「炭焼 極」は焼き鳥が絶品らしいので、皆さまも是非。
 ちなみに、お店まで来れなくても「私の体験がお役に立てるのであれば、XでDMお待ちしています」とのことです。

【LiD/APD】https://apd-mark.com/
【炭焼 極】https://sumiyakikiwami.owst.jp/
【木村望さんX】https://x.com/nozomi_apd