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千野さんは、スマートフォンアプリと靴につける振動インターフェースで視覚障害者の歩行をナビゲーションする『あしらせ』を開発・販売する株式会社Ashiraseの代表をされている。同社は、日本を代表する自動車メーカーであるHondaの新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」発のベンチャー企業第1号である。
そのHondaで自動運転の研究開発に携わっていた千野さんが、なぜ視覚障害者の歩行支援をするベンチャー企業を立ち上げるに至ったのか。
きっかけは、義祖母の事故。地方に住むおばあちゃんが買い物の行き帰りで行方不明になり、川に落ちて亡くなっているのが発見される、家族にとってとても痛ましい事故だった。警察官から目が不自由だったことも原因ではないかと指摘された。
千野さんは、この事故をそれだけで終わらせず、技術者ならではの視点でも捉えた。それまで取り組んでいた自動運転は、外的要因との関係で事故を起こさないようにするものだ。他方で、今回のケースは、外的要因もない単独の状態で事故が起きた。「歩行もモビリティであり、そこへのテクノロジーがそこまでない」ことに気付き、「“歩く”を切り口に人の豊かさに貢献しよう」と思い立った。
千野さんがすぐに足を運んだ先は、Hondaが研究所を構える栃木県宇都宮市の地元にある障害者の施設や団体。歩行を支援するのに足に振動を与える発想は最初からもっていた。しかし、それが足の裏だと感じにくかったり、点字ブロックを感じる邪魔にもなる。じゃあ振動を与える先は顔の周りか、手か、鎖骨かと体中を試し、さらには視覚障害者が歩行時に使う補助具の『白杖(はくじょう)』まで。視覚障害者から「白杖は私たちの目です。邪魔されたら嫌ですよね?」と言われながら、当事者が保有する視力レベルや、環境を認識するために重要な聴覚などを踏まえて「完全に邪魔しないインターフェース」を目指した。その結果たどり着いたのが、現在の『あしらせ』の特徴である。
このインターフェースをもって本格的な製造段階に移行しようと、クラウドファンディングで先行販売に踏み切る。しかし、これまでも視覚障害者へのヒアリングは重ねてきたつもりだったが、実際に販売してお金を払ってもらうとなったときに、それまで課題と思っていたことが「実は課題じゃなかった」。