Tさん(前編)

 「自分が一番つらい時に助けてくれた命の恩人。尊敬と感謝しかない。一時は本当に大変で、社会復帰なんて絶対できないとしか思えなかったけれど、もう一度復帰して皆さんに喜んでもらえる姿を見せたい」

 Tさんがうつ病から双極性障害へと診断が変わる中で支えてくれた就労移行支援事業所と当事者団体に、そう伝えたい。
 そして、「絶望的な状況」にあったかつての自分と同じような方に「一歩踏み出せば、助けてくれるところは絶対見つかる」と、自分の経験を通じて伝えたい。
 それが、Tさんがこのインタビューに応募してくれた理由だ。

 最初のきっかけは、親の介護だった。
 「立て続けに両親が倒れたんです。その介護に必死に、追われるような感じで、とにかく無我夢中でした」。でも、いま振り返れば「やたらに頑張っていた」。
 その結果、Tさんはある日、ベッドから起き上がれなくなり、精神科で『うつ病』と診断された。でも、抗うつ剤を処方されると、「時々元気すぎる」ぐらいに薬が良く効いた。いや、当時はそう思っていた。

 障害者雇用で働けないかと、色々な就労移行支援事業所に体験しに行くと、「他の障害の方と入り混じっていたり、プログラムの密度が薄かったり」する事業所もある中で、最終的にTさんが選んだのは『atGPジョブトレ』だった。
「発達障害や、うつ等症状別の専門のコースがあったり、PC研修などの実務からストレスマネジメントまで学べたり、プログラムの内容も濃かった」。
 支援者も他の利用者も温かく迎えてくれる雰囲気の中で、Tさんは自身の体調の波とも相談しながら、最終的にatGPジョブトレ第2への通所を決めた。事業所の運営会社ゼネラルパートナーズは障害者雇用のパイオニア故に企業との連携も強く、「自分の場合はブランクが結構あったのに、いい条件のところに就職を決められた」。

 しかし、入社から半年経った頃からTさんの異変が顕著になる。
 周囲への発言が高圧的になったり普通ではなくなり、「他の障害者雇用の方が不当な目にあっている」など異常な正義感も現れていった。後から振り返れば、明らかな「躁状態」だった。
 でも、「自分では普通のつもりで、その状態に気付けない」。一方で、「周囲は困惑するような状況だった」

 そんな中で、就職後も定着支援に入ってくれていたatGPジョブトレ秋葉原第2の施設長は、以前に比べて「あまりにもおかしい」と気付き、別の病院で診てもらうことを提案し、それどころか、病院に何度も同行してTさんの時系列での変化まで代わりに説明してくれたのだ。
 その結果、新たに下りた診断は、うつ病ではなく、気分が高揚して活動性が増しイライラする躁状態と気分が落ち込んで意欲が低下するうつ状態を繰り返す脳の病気『双極性障害』。
 うつ病に比べると、聞き慣れない病名。でも、介護をしていたころの活動性や、うつ病診断後の高揚感を振り返ると、腹落ちした。支援のおかげで、本当の病名がわかった。
(後編:https://inclusive-hub.com/official_posts/246

【atGPジョブトレ】https://www.atgp.jp/training/